負けを記録する意味 - 隠すほど負けは膨らむ

勝った日の記録はすぐに付けたくなりますが、負けた日の記録ほど付けたくないものはありません。それでも、負けこそ記録に残すべきです。記録しない負けは、見えないところで膨らみ続けるからです。

人は負けを小さく覚える

「今月はだいたいトントンくらい」。そう思っている人に記録を付けてもらうと、多くの場合、実際はそれよりずっと負けています。 嘘をついているわけではありません。人の記憶は、勝った日を鮮明に、負けた日をぼんやりと残すようにできています。

大勝ちした日は、どの台で、何時に、どんな引きをしたかまで覚えています。 一方で、1万円、2万円と少しずつ負けた普通の日は、数日で記憶から消えます。その結果、頭の中の収支は実際より上振れします。

負けを記録しないと起きること

「そろそろ取り返せる」と思い続ける

負けの総額を知らなければ、どれだけ取り返せば元に戻るのかも分かりません。 漠然と「少し負けている」と思っているうちは、「次で取り返せる」という感覚が消えず、打ちに行く理由が残り続けます。

勝てない条件をやめられない

負けた日を記録していなければ、どんな条件で負けているのかも分析できません。 同じ店、同じ機種、同じ時間帯で負け続けていても、それに気づくきっかけがありません。

生活への影響に気づくのが遅れる

いちばん怖いのはこれです。月にいくら使っているのかを知らないまま打ち続けると、 気づいたときには貯金が減っていた、支払いが苦しくなっていた、ということが起きます。

負けの記録は、恥ではなく判断材料

負けを記録したくないのは、それを自分の失敗として突きつけられる気がするからです。 ですが、パチンコやパチスロで長期的に負けるのは特別なことではありません。店が利益を出す仕組みの上で遊んでいる以上、 負けている人のほうが多いのは当然です。

だから負けの記録は、自分を責める材料ではなく、次にどうするかを決める材料として扱ってください。 月の負けが予算の範囲に収まっているなら、それは娯楽の費用です。収まっていないなら、打ち方か回数を見直すタイミングです。 どちらなのかは、記録がなければ判断できません。

隠すより、ネタにしたほうが楽になる

負けを誰にも言わずに抱えていると、それを埋め合わせたい気持ちが強くなります。 逆に、「今日は3万負けた」と笑って話せる相手がいると、負けは「取り返すべき損失」から「話のネタ」に変わり、少し距離を置いて見られるようになります。

カモログが負けの記録を共有できる場所として作られているのは、この考えからです。負けを隠さなくていい場所があると、 負けを直視するハードルが下がります。この考え方については負けをネタにする文化は何を救うのかで詳しく書いています。

もちろん、記録を誰かに見せる必要はありません。カモログでも、共有は任意です。 大事なのは、少なくとも自分自身には負けを隠さないことです。

記録があると、判断が具体的になる

負けを記録していない人の振り返りは「最近ツイてない」で終わります。記録があると、同じ月でも次のように言えるようになります。

記録がないと 記録があると
最近ツイていない今月は12回打って4勝8敗、回収率82%
あの店は出ない気がするA店は7回で−6万円、B店は5回で+1万円
たまに大きく負ける3万円以上の負けが月2回。どちらも平日の仕事帰り
ちょっと使いすぎたかも今月の投資は48,000円で、決めた上限を18,000円超過

右側はどれも、次の行動に直結します。「平日の仕事帰りには寄らない」「A店には行かない」「今月はもう打たない」。 負けの記録は、こうした判断の材料になります。

まずは今月の負けを全部書き出す

今日からできることは、今月打った日を思い出せる範囲で全部書き出すことです。正確でなくても構いません。 迷ったら投資は多め、回収は少なめで書いてください。合計した金額を見たとき、それが思っていた数字と近いかどうかを確かめてみてください。

続け方は収支記録を続けるコツにまとめています。